士業事務所が業務効率化で最初にやるべきこと──属人化から抜け出す第一歩
いま担当している人が急に休んだら、その仕事は止まってしまう。心当たりがあるなら、それは効率化以前のサインかもしれません。
多くの士業事務所が、ツールの導入やAIの活用を「効率化の入り口」と考えています。けれど、その前に整えておくべきことがあります。この記事では、士業事務所の業務効率化で本当に最初に手をつけるべきポイントを、経営者の視点から整理します。
結論から言えば、鍵になるのは「業務設計」──つまり、仕事の流れを整理して仕組みに変えていく発想です。
なぜ「増員したのに、楽にならない」のか
スタッフを増やしたのに、所長やベテランの負担がむしろ増えた。士業事務所ではよく起きる現象です。
背景には、業界そのものの構造があります。少子高齢化は進み、内閣府「令和7年版高齢社会白書」によれば、日本の高齢化率は令和6年10月1日時点で29.3%に達しています。働き手が減るなかで採用は年々難しくなり、帝国データバンクの調査でも、2025年4月時点で正社員の人手不足を感じている企業は51.4%にのぼります。士業事務所も例外ではなく、有資格者や経験者の確保は多くの事務所にとって共通の悩みです。
さらに士業の現場は、書類や手続きが多く、業務がアナログに傾きやすい特徴を持ちます。結果として、資格を持つ人ほど作業に追われ、労働時間が長くなりがちです。
ここで見落とされやすいのが、「人を増やせば解決する」という思い込みです。事務所の規模が大きくなるほど、必要になる仕組みは変わっていく、と指摘されています。たとえば5名前後までは所長が実務の中心を担い、業務の多くが所長の頭の中にある状態になりやすい。10名を超えると、今度は調整や確認といった「見えない仕事」が増え、増員したはずなのに楽にならない、という矛盾が生まれます。
つまり、忙しさの正体は人数不足ではなく、「仕事の回り方」そのものにある場合が少なくないのです。
業務効率化を「何から」始めるべきか迷っている段階でしたら、
いまの状況を整理するところからでもご相談いただけます。
忙しさの根っこにある「属人化」
この「仕事の回り方」の問題を、一言で表すのが属人化です。
属人化とは、ある業務の進め方や進捗を、特定の担当者しか把握していない状態を指します。
「この件は○○さんしか分からない」という状況が、事務所のあちこちにある。
これが属人化です。
反対の概念は「標準化」や「仕組み化」で、誰が担当しても同じように仕事が回る状態を意味します。
やっかいなのは、属人化が「悪意なく、自然に」生まれる点です。
できる人に仕事を任せるのは合理的に見えます。けれど任せ続けるうちに、その人の頭の中だけに手順や判断のコツが蓄積していく。経営学では、こうした言葉になっていない知識を「暗黙知」、誰でも使える形に言語化された知識を「形式知」と呼びます(野中郁次郎氏らが提唱したSECIモデルで知られる考え方です)。属人化とは、暗黙知が形式知に変わらないまま溜まっていく状態だと言い換えられます。
とりわけ属人化しやすいのが、経理・人事・総務といったバックオフィス業務です。月次や年次の決まった作業が多く、長年同じ人が担当し、その人だけが分かるExcelファイルが積み重なっていく。士業事務所では、給与計算や社会保険手続きなどがまさにこの領域にあたります。

では、属人化を放置すると何が起きるのか。主に次のような形で表れてきます。
- 業務が止まるリスク:担当者が休んだり退職したりした瞬間、その仕事が動かなくなる
- 品質が安定しない:手順が共有されていないため、担当者以外がミスを見つけられない
- 改善できない:外から中身が見えないため、どこにムダがあるか誰も検証できない
- ノウハウが残らない:退職とともに、蓄積した知識が丸ごと事務所から消える
注目したいのは、これがデジタル化の足かせにもなる点です。経済産業省は「DXレポート」のなかで、ITシステムがブラックボックス化していると、新しい技術を入れてもその効果が限定的になると指摘しています。中身が見えない業務の上に新しいツールを乗せても、うまく機能しない。これは業務そのものにも当てはまる話です。
言い換えれば、ツールやAIを導入する前に、まず業務の中身が見える状態になっているか。ここが効率化の分かれ道になります。
こうした属人化の解消は、外部の視点と実務の担い手があることで、無理なく進めやすくなります。私たちも、事務所の業務設計を内側から支える取り組みを行っています。
効率化の前にある「業務設計」という発想
ここで最初の結論に戻ります。士業事務所が業務効率化で最初にやるべきことは、ツール選びではありません。
業務設計──仕事の流れを整理して仕組みに変えていく作業です。
業務設計と聞くと難しく感じるかもしれませんが、出発点はシンプルです。
「誰が」「何を」「どういう順番で」「どう判断して」仕事を進めているのかを、目に見える形にすること。属人化した業務を、暗黙知から形式知へ移していく取り組みだと考えてください。
一般的な業務改善の考え方では、おおよそ次のような順番で進むとされています。まず業務の流れを可視化し、次にどこから手をつけるか優先順位をつけ、標準的な進め方を整え、それを共有し、運用しながら改善を重ねていく──という流れです。順番そのものは、シンプルに見えます。
けれど、実際に進めようとすると、多くの事務所がつまずきます。理由もはっきりしています。
- 可視化する時間がない:日々の業務に追われ、立ち止まって全体を見渡す余裕が持てない
- どこから手をつけるべきか判断できない:すべてが重要に見え、優先順位がつけられない
- 自分の事務所は客観視しにくい:内側にいるほど「当たり前」が見えなくなる
- 正解が事務所ごとに違う:他所でうまくいった方法が、自分の事務所に合うとは限らない
とりわけ最後の点は本質的です。業務設計に「唯一の正解」はありません。事務所の規模、扱う分野、スタッフの構成、これまでの運用──こうした条件によって、整えるべき形は一つひとつ変わります。だからこそ、テンプレートを当てはめるだけでは、たいてい現場に馴染まず形骸化してしまうのです。

「自社で抱える」か「外部に任せる」かの判断基準
業務設計は、自分たちだけで進めることもできます。ただし、任せる相手を検討したほうがよい場面もあります。判断の目安として、次のような観点があります。
- 緊急度と重要度:止まると事業に影響が出る業務ほど、後回しにできない
- 社内に旗振り役がいるか:全体を俯瞰し、旗を振れる人材が確保できるか
- 客観性が必要か:内側からは見えにくい課題を、外の視点で洗い出す必要があるか
- 一度きりか、続くのか:仕組みは作って終わりではなく、運用と改善が続く
ここで大切なのは、外部に任せる=丸投げ、ではないという点です。士業事務所の業務は、専門性と実務が密接に絡み合っています。中身を理解しないまま外から口を出すだけの支援では、現場に合った仕組みは生まれません。
東京・銀座に拠点を置く私たちアオキマネジメントオフィスは、社会保険労務士法人Aokiの事業運営を内側から支えるなかで、この課題に向き合ってきました。経営管理・人事・総務経理・IT/DXといったバックオフィスの実務を、外からのアドバイスではなく「一緒に手を動かす」形で担っています。属人化やブラックボックス化を減らし、誰が担当しても回る体制を、現場に即してつくることを役割としています。詳しくは事業内容ページもあわせてご覧ください。
まとめ:答えは一つではない。だからこそ、最初の一歩を
士業事務所の業務効率化で最初にやるべきことは、ツールの導入ではなく、業務設計でした。忙しさの根っこにあるのは人数不足ではなく属人化であり、まず仕事の中身を見える状態にすることが、すべての効率化の土台になります。
ただし、その進め方に決まった正解はありません。事務所ごとに、整えるべき形は違います。だからこそ、まずは自分の事務所がどの段階にいるのかを知ることが第一歩になります。
次の項目に、一つでも心当たりがあるかどうか、確かめてみてください。
- 特定の人が休むと、止まってしまう業務がある
- 「あの件は○○さんしか分からない」という状態が複数ある
- 新しく入ったスタッフが戦力になるまで、時間がかかっている
- 担当者ごとに、独自のExcelファイルや進め方が存在している
- 増員したはずなのに、ベテランや所長の負担が減っていない
一つでも当てはまるなら、それは業務設計を見直すきっかけになり得ます。何から整理すればよいか、外部の視点を入れてみたい──そう感じた段階で、気軽に声をかけてください。
